CTIS(Clinical Trials Information System)は、欧州連合(EU)と欧州経済領域(EEA)において導入された、臨床試験に関する情報システムです。CTISの導入は、EUおよびEEA内で行われる臨床試験の管理・監督のルールが根本的に変わったことを意味します。CTISの目的は、臨床試験の申請プロセスを合理化し、効率と透明性を高めることです。リニカルの薬事チームがこの新しいシステムを実際に使用する中で、CTISについて幾つかの重要な教訓を得、CTISを効果的に使用するための課題と対策が明らかになってきました。この記事では、新しいEUの臨床試験規則(CTR)※の下で行う臨床試験の申請手続に関して、当社がこれまでに得た知見とベストプラクティスをお伝えします。
※EU CTRについてはこちらの記事「欧州における臨床試験の新しい規制環境(EU CTR)を読み解く」をご覧ください。
レッスン1:訓練と知識の必要性
CTIS導入初期に得られた重要な教訓の一つは、包括的なトレーニングと組織内での専門知識の習得が不可欠である、ということです。中央管理型のシステムへの移行により、薬事関連業務を再構築する必要が生じています。CTISの複雑さを認識したリニカルでは、社内にCTIS対応の専門チームを作り、概論のオリエンテーションと個別業務ワークショップの両方を含む、薬事担当者のための、理論と実践の総合トレーニングプログラムを開発しました。このプロアクティブなアプローチにより、導入当初における申請までの一連の業務を合理化し、申請業務の時間短縮とエラー削減を達成することができました。
もう一つは、継続して学習することが重要であるということです。CTISの規制要件とガイドラインの進化・更新が進む中で、ユーザーはそれらの新しい情報や要件をタイムリーに入手していく必要があります。ウェビナーやオンラインコンテンツによる継続的な教育は最新の知識を維持するために不可欠です。
最後に、実践コミュニティ(同じ国内で活動する他のCROとの連携など)を活用すれば、ユーザー間の知識共有と問題解決を促進でき、より高いレベルの専門知識を共有することができます。
レッスン2:新しいタイムラインへの適応
CTRとCTISにより、申請から承認までのスケジュールを予測できるようになりました。申請者は、情報提供依頼(RFI)をいつ受け取るか、そのRFIにいつまでに回答するか、そして、いつまでに承認が得られるかを常時知ることができます。一方、導入されたタイムラインの要件はより厳格になり、特に、当局からの問い合わせに対しては遅滞なく回答することが求められます。申請者は、申請内容の確認フェーズで受け取ったRFIに対しては10日以内、そして、評価フェーズで受け取ったRFIに対しては12日以内という短期間に回答することが求められます。これに対応するためには、従来とはやり方を変え、申請者側が事前の準備と内部プロセスの戦略的構築を行うことが必要となります。これまでの経験では、申請者がRFIを適切に管理できるプロセスを整備し、申請者とベンダー(翻訳会社など)間の役割と責任の分担が明確になっていれば、このような短い回答期限への対応が可能となります。
レッスン3:管理業務の増加
CTISによって透明性が増し、治験情報の一般公開が進んだ一方で、治験申請者とその利害関係者の管理業務の負担が増えました。透明性のルールにより、より詳細な文書の作成と書式設定が要求され、より入念なデータ入力が必要となり、そして、とりわけ、機密情報の保護に細心の注意を払うことが求められています。そのため、ほとんどの場合、申請の準備時間が長くなります。プロセスを円滑に進めるためには、申請全体の準備に十分な時間を確保できるよう、早いうちに臨床試験の情報をCTISに登録するように努めるべきです。また、経験の浅い申請者は、独自のデータを公開することなく、リダクション(データ表示内容を変更して伏字化を行う)する方法が透明性の基準を満たしていることを確認するため、規制当局の専門家に相談することができます。しかし、この課題はすぐに問題になるものではないと思われます。欧州医薬品庁(EMA)は、CTISの透明性ルールが複雑であり、治験依頼者および申請者にとって障害となる可能性があることを認識しています。そこで、EMAは透明性ルールを簡素化してCTISをより効果的で使いやすいものにしようと考えています。つまり、臨床試験情報の公開性は維持しながら、治験実施者の負担軽減策を検討しています。透明性ルールは、その改正版が2024年の第2四半期に発効される予定です[1]。
レッスン4:技術的障害とシステムバグ
CTISの導入初期は、当社も技術的な課題を経験しました。具体的には、ドキュメントのアップロードの容量制限、通知の配信遅れや誤送信、性能問題、予期せぬシステムダウンなどです。これらの問題を解決するために、CTISのヘルプデスク担当者に対して連絡と報告をし続けなければなりませんでした。関係加盟国(RMS)の代表者には一斉配信の電子メールによる連絡を行い、最新の申請状況について情報を共有しました。これは、特にRFIへの回答期限が近づいている時に重要な作業でした。EMAは、このような技術的障害が発生した場合は、RFIの回答期限を延長しようとしています。
EMAは、ユーザーから報告されているこれらの多くの問題を検証し、一部回避策を講じている他、将来のシステムリリースに向けて、システムを修正中とのことです。
レッスン5:国別の固有要件への対応
多国間協調の動きがある一方で、各国の個別の要件も依然として適用されています。例えば言語の要件です。患者が見ない文書には英語を使用することが一般的に推奨されていますが、患者向け文書および特定の国のパートII文書では、関係加盟国(MSC)のガイドラインに従わなければなりません。各MSCはそれぞれ固有な言語要件を定めており、リニカルの薬事対応チームにとってはこの点も重要な学びのポイントとなっています。治験プロジェクトで複数の言語が使用されている場合に、プロジェクト固有の問題に効率的に対処するためには、各MSCとのコミュニケーションを確保するためのオープンな通信手段が必要でした。参加国が少ない場合は、システムをより効率的に運用できるように、フォーラムや国のネットワークに参加して他のユーザーのコミュニティと経験を共有することも一般的な対応として有効でした。そこで、リニカルでは、パートIの申請書類についてはすべて英語で作成し、一方、パートIIの書類については各MSCの要求にあわせてカスタマイズした翻訳版を作成することとしました。この場合、作業量は多くなりますが、関係者間のコミュニケーションが改善されて申請作業をスムーズに行うことができるようになります。
まとめ
CTISへの適応の道のりは、EU/EEA内の臨床試験に携わるすべての利害関係者にとってまさに学びの場でした。専門的なトレーニングの重要性から、複雑な言語要件や厳格なスケジュール管理まで、すべてのCTISユーザーが共有したこれらの経験により、この新システムを最大限に活用するための貴重な見識が得られました。CTISが進化し続ける中、より広範なコミュニティと情報を共有し、協力関係を維持することは、将来の課題を克服し、システムを最大限に活用するための鍵となると思われます。
※本記事は2024年4月3日に発信した英文記事の翻訳をもとに作成したものです。
筆者:
Jowita Wojciechowska, Director of Regulatory Affairs
Monica Borraz, Regulatory Affairs Lead